大阪簡易裁判所 昭和23年(ハ)408号 判決
原告 小林サク
被告 足立吉三郎
一、主 文
被告は原告に対し、大阪市阿倍野区阪南町西三丁目二十八番地上南向木造瓦葺二階建住宅一棟の東寄一戸建坪十坪二合三勺二階坪八坪二合五勺を明渡し、かつ昭和二十四年一月六日より右家屋明渡ずみまで一ケ月金百八十七円五十銭の割合による金員を支払わねばならない。
原告のその他の請求を棄却する。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
前第一項中金員支払の点に限り原告が被告に対し金二千円の担保を供するときは、これを仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、大阪市阿倍野区阪南町西三丁目二十八番地上南向木造瓦葺二階建住宅一棟の東寄一戸、建坪十坪二合三勺、二階坪八坪二合五勺を明渡し、昭和二十三年二月一日以降同年十月十日まで一ケ月金七十五円、同二十三年十月十一日以降右家屋明渡済まで一ケ月金百八十七円五十銭の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
(一) 原告はその所有する主文第一項掲記の建物(以下本件建物という)を昭和二十年四月二十六日被告に対し、賃料一ケ月金三十円、毎月末払、なお右家屋の転貸またはその賃借権の譲渡あるいは他人を同居させる等の行為をしないとの約定で賃貸した。
ところが、原告は次の如き理由で本件家屋に自ら居住する必要を生じたので昭和二十年十月上旬被告に対し右賃貸借契約解約の申入をした。
すなわち、原告は当時六十九歳の老令で一人娘の照子(当時十九歳)に婿を迎えようとしたが、何分当時の原告肩書居宅は六帖一間で到底原告と娘夫婦の居住に耐えられなかつたため、娘の縁談に支障をきたし困惑のすえ二階建である本件家屋の明渡を求めるにいたつたわけである。
一方被告の家族は夫婦二人であつたので、原告は被告に対し原告の前記現住居との入替をも申入れたのであるが被告はこれを拒絶しひたすら明渡の猶予を懇請しながら、その中昭和二十一年七、八月頃には後段(二)記載のとおり本件家屋の二階を他人に無断転貸するにいたつたのである。
しかも被告はその後度々の明渡請求にも応じないので、娘の結婚をせん延さすこともできず照子は婿を迎えて前記六帖一間にやむなく原告と同居しているが、最近出産の予定となつて原告等は言語に絶する生活上の不便や不都合を忍んでいる状態であるから一刻も早く本件家屋に居住する必要に迫まられている。
以上の事情はもとより正当の事由であるから前記賃貸借契約は右解約申入後六ケ月を経過した昭和二十一年四月上旬をもつて終了したわけである。
(二) かりに、右の解約申入に効力がないとしても被告は昭和二十一年七、八月頃原告に無断で本件家屋の二階を訴外山田善一に転貸した。そこで原告は右日時頃被告に対し右無断転貸を理由に本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、更に同二十三年四月十三日附書面で右契約解除の意思表示をなし、右書面は同年五月五日被告に到達したから右賃貸借契約は終了した。
以上、本件契約の終了を原因として被告に対し本件家屋の明渡を求める。
なお、被告は前記家屋を明渡さないため原告に対し賃料相当額の損害を蒙らせて居るが本件家屋の建築日時は昭和十三年以前であつてかつ当初の約定賃料は前記の如く一ケ月金三十円であるから前記契約終了後たる昭和二十三年二月一日以降同年十月十日までは当時の統制賃料額一ケ月金七十五円、同年十月十一日より右家屋明渡ずみまでは、物価庁告示第一〇一二号による修正賃料額一ケ月金百八十七円五十銭相当の損害金の支払を求めるものである、と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
(一) 請求原因(一)に対し、被告が原告よりその主張のような約定で本件家屋を賃借し居住している事実は認めるが、その他の事実を争う。まず、昭和二十年十月頃原告から右賃貸借契約の解約申入があつたとの事実を否認する。
かりに解約申入があつたとしても、右解約申入には正当の事由は存しない。すなわち原告は現住居に多少の不便はあるとしても、自己所有の家屋に居住しているのである。しかも、原告は本件家屋以外にも家屋を所有しその中明渡を受けて他に売却したものがあること、更に本件家屋をも他に売却せんとした事実があることに徴すると原告には右家屋に自ら居住する必要はなく、むしろこれを他に売却せんとする意図のもとに明渡を求めていることを察するに十分である。
のみならず、原告は本件家屋の隣家一戸に対しても明渡請求訴訟を提起して既に原告勝訴の判決をえているのであるから、原告の自己使用の目的は達せられたわけである。
一方被告は昭和二十年四月頃原告が疎開するに際し原告から本件家屋の留守居等を懇請されたため当時本件家屋の向側にあつた被告居宅よりわざわざ本件家屋に移住したのであり、また被告は昭和二十三年一月原告の支払うべき本件家屋の非戦災家屋税金三百円をも負担した次第であつて、かかる事情をも考慮するとき、前記原告側に存する事情からする本件解約申入は到底許さるべきものではない。
(二) 請求原因(二)に対し被告が本件家屋の二階に訴外山田を居住せしめたこと、ならびに昭和二十三年四月三十日附の契約解除の意思表示が被告に到達したことは認めるがその他の事実を争う。
まづ右山田を居住せしめるについては原告の承諾をえている。かりに明示の承諾がなかつたとしても訴外山田は本件家屋に同居後直ちに標札を掲げていたのであるが原告はその後家賃の集金等のため右家屋を訪れて前記山田の居住していることを知悉しながら一年半余も被告から異議なく賃料を受領しているのであるから黙示の承諾があつたものというべきである。
さらに右山田は被告の親戚で以前の同居先が狭隘のため一時本件家屋に同居したにすぎないものであり、何等本件賃貸借契約に影響を与えるものでもなく、既に昭和二十四年他に転居して現住していない。したがつて、かりに原告の承諾ないとしても、これを理由とする契約解除は今日の住宅事情からみて失当といわねばならない。なお、本件家屋が昭和十三年以前に建築された事実は認める、と述べた。<立証省略>
三、理 由
まず、原告が被告に対し本件家屋をその主張のような約定で賃貸したことは当事者間に争なく、しかして原被告本人の各供述を綜合すると原告は昭和二十年十月頃被告に対し右賃貸借契約の解約申入をした事実が認められる。
そこで、右解約申入に正当の事由があるか否かを考察するに、証人中村伝三郎、同小林照子、同大槻丈太郎、同宗重夫の各証言に原被告本人の各供述を綜合すると次のような事実が認められる。すなわち、
(1) 本件家屋は原告が同所で老後を送るために亡夫より譲り受けて以来永年居住して来たものであるが、昭和二十年四月頃原告は当時六十九歳の老令者で強制疎開を命ぜられたため右家屋を被告に貸与した。しかして、原告は戦後間もなく疎開先より肩書の原告所有家屋に居住するにいたつたが本件家屋に復帰することを望んで前記昭和二十年十月頃被告に対し右解約申入をなした。もつとも、原告は肩書居宅ならびに本件家屋以外にも数軒の借家を所有し居り、昭和二十一年一月頃生計費をうるため右所有家屋中一戸を他に売却し、その際本件家屋をも売買の対象としたことがある。
しかして、原告の肩書居宅は六帖一間しかないうえに、娘の照子に婿を迎え同居する必要もあつて、原告は引続き被告に対し右家屋の明渡方を交渉し、まづその一階のみの明渡を求めたところ、被告は荷物が多いとの理由でこれを拒絶した。次いで原告は同二十二年春頃肩書居宅と本件家屋との交換をも申入れたが、被告は通勤上の不便と荷物が多いとの理由でこれを斥けた。その後原告の娘照子は結婚し現在原告と娘夫婦に孫一人が前記六帖一間に起居している。
なお、原告の前記所有家屋中昭和二十一年十一月頃空家となつた一戸は、転勤した賃借人の依頼によつて引続き留守居の者に貸与し、同二十五年三月頃空家となつた四帖半二帖二間には照子の夫の弟を居住せしめている。また、他の借家はいずれも多数家族が居住しているためその明渡を求めることは困難であり、本件家屋西隣の一戸については原告に於て明渡訴訟に勝訴したが目下同訴訟事件は控訴審に係属中である。
(2) 一方、被告は従前本件家屋の向側に居住していたところ、原告の疎開に際し同人が預つていた他人の荷物の保管等のため原告の懇請を容れて右家屋に賃借居住するにいたり、被告夫婦二名だけが居住してきた。
ところが、被告は原告より前記明渡の交渉を受けていた昭和二十一年七、八月頃、原告に無断で訴外山田善一に本件家屋の二階を使用せしめ、同訴外人は同二十四年五月頃まで同所に居住していた(この点に関し、右山田を居住せしめるにつき原告の承諾をえた旨の被告の主張を肯認するに足る証拠はない。また証人小林照子の証言によると原告は右山田の居住を知つた後も約一年半にわたつて被告より本件家屋の賃料を受領していた事実を認めうるけれども一方前掲証人の証言によると、原告は山田を居住せしめたことにつき被告に対し抗議を申込んでいる事実を認めうるから原告が賃料を受領していたとの事実によつて、これに暗黙の承認を与えたものとは認め難いところである)。なお、被告は昭和二十三年一月頃本件家屋の非戦災税金三百五十円を原告の依頼によつて負担したことがある。
以上認定した事実によると、原告が前記解約申入をなした昭和二十年十月前後に於ては、原告家族は狭隘不自由ながらも肩書の自己所有家屋に居住できる状況にあつたといわねばならないし、また原告所有の他の借家中に自ら居住できる機会がなかつたわけでもなく、更に原告が本件家屋をも売買の対象となした事実にてらすと、当時原告側に本件家屋を必要とする緊急切実な事情があつたとは認め難いのであつて、本件家屋を明渡した場合被告の蒙る損失を考慮するとき、右解約申入に正当事由ありとは直ちに云いえないところである。
しかしながら、原告が娘に婿を迎えたうえ多年住みなれた本件家屋で老後を送ろうと望むことも一応理由のあることであり、狭隘な肩書居宅がそれに適しないことは明かであるから、原告がその後被告に対し本件家屋の一階のみの明渡を求め、あるいは右家屋と肩書居宅との交換をも申入れた事実からみると前示解約申入後にいたつて原告には本件家屋を必要とする差迫つた事情が生じたといわねばならない。
しかるに一方被告が夫婦二名の家族にすぎないにかかわらず、原告の右一階のみの明渡の要求あるいは更に家屋交換の申入をいずれも荷物が多い等の理由で拒絶しながらその間原告に無断で本件家屋の二階を他人に使用せしめたが如きは、原告側に存する前記事情を勘案するとき、賃借人としての信義に背くばかりか、事の解決に対する誠意を著しく欠くものといわねばならない。
しかもその後原告の娘照子が結婚して肩書居宅に原告とともに同居するにいたつた以上、原告等が生活上多大の不便不都合に耐えていることは十分察知できるところであり、被告が原告のその後の明渡交渉にも応じないため、原告がやむなく本訴に及んだ事実とを綜合すると前記解約申入は当初その正当事由を欠いていたとしても、右本訴提起の日たること明かである昭和二十三年七月五日に正当事由を具備したものと認めるのが相当である。しかして被告側に存する本件家屋賃借当時の事情や非戦災税負担の事実をもつてしては右認定を左右し難く、また原告が本件家屋以外に家屋を所有しているとしてもその明渡を求めえない事情には首肯できる理由も存するところであり、更に原告が前記所有家屋中の一戸につき明渡訴訟に勝訴したとするも原告に於て直ちにこれを利用できる状況にない以上右認定の自己使用の必要性が消滅したということはできない。しからば、本件賃貸借契約は前記昭和二十三年七月五日より六ケ月を経過した同二十四年一月五日をもつて終了したものというべきであるから、被告は原告に対し右家屋の明渡義務あること明かである。
次に損害金の請求につき考察するに被告が前記契約終了後も本件家屋の明渡をなさないため原告は賃料相当の損害を蒙つているというべく、しかして本件家屋が昭和十三年以前の建築にかかり、かつ当初の約定賃料が一ケ月金三十円であつたことはいずれも当事者間に争ないから、本件家屋の賃料額はその後物価庁告示の改訂によつて前記賃貸借契約終了当時一ケ月金百八十七円五十銭に修正増額せられたことが明かであり右は本件家屋の相当賃料額と認むべきである。したがつて原告の求める損害金中右契約終了後たる昭和二十四年一月六日以降右明渡ずみまで一ケ月金百八十七円五十銭の割合による損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その他の部分は失当として棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、なお、家屋明渡の部分については特に仮執行の宣言を付さないのを相当とみとめその宣言をなさないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤平伍)